葬儀のあれこれ

新しい葬法「分骨」のあれこれ

分骨とは

分骨とは、故人様の遺骨を複数に分けることです。
この記事では、分骨についてご説明します。

 
【分骨の元祖はお釈迦さま】

 

分骨の元祖はなんといってもお釈迦様です。
お釈迦様が入滅(死亡の意味)あと、その遺骨を巡って周辺諸国が争いを始めたほどです。
当の釈迦本人は弟子たちに偶像崇拝を禁じたのですが、遺された人たちからすると聖人の遺骨ほど尊いものはなかったのでしょう。
お釈迦様の遺骨は8等分され、さらに細かく粉砕されて、8万あまりの寺院に配られたそうです。
20世紀に入っても、インドのネルー首相が来日した際、熊本市や御殿場市や姫路市に仏舎利が贈与され、仏舎利塔で手厚く保管されています。

 

【本山納骨のための分骨】

 

西日本で特に多くみられるのが本山納骨です。
遺骨はお墓に埋葬するが、一部を本山に納めるというもの。
特に浄土真宗に根強く、いまでもこの風習は行われています。

 

【分骨はよくない、という迷信を考える】

 

分骨はよくない、という言葉を耳にしますよね。
現に仏教の開祖のお釈迦様の遺骨が分骨されている中で、仏教徒の日本人が分骨をよくないと言うなんて、矛盾も甚だしいです。
「これは迷信だ」と切り捨ててもいいのですが、しかし迷信は迷信として、それなりの理由を感じてしまうのは、筆者だけでしょうか。
江戸時代以降の日本はイエ制度が社会構造を支える上で重要な役割を果たしていました。
つまり、長男が家を継ぐ、という家父長制です。
これは江戸時代から戦中まで続きました。
戦後の民法改正によって廃止されたとはいえ、いまでも私たちの社会通念の中には家父長制が根強く残っています。
さて、この「家督」には財産だけでなく祭祀権も含まれました。
つまり、墓や仏壇などといった先祖から連なる連続性を受け継ぐのは、長男の役目だったわけです。
この家父長制は、封建的とはいえ、それなりに江戸あるいは明治以降の戦前の日本社会の秩序を保つために一役を買っていました。
分骨をすることで社会の基盤である家父長制が揺いでしまうことを危惧した一面が、死者の霊魂の物語として、「先祖の魂が迷ってしまう」というストーリーを作りあげたのではないでしょうか。

 

【分骨には分骨証明書が必要】

火葬された焼骨には「埋火葬許可証」に火葬済みの印をついた書類が添付されます。
埋葬の時に必ず必要な書類ですが、分骨の際には火葬場から「分骨証明書」が発行されます。
手元供養として置いておく分には不要ですが、しかるべき施設に埋葬するときには必要になるかもしれません。
大切に保管しましょう。

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